2006年
11月1日発行
No.119
望郷の叫び

 先日、中村県議さんから標題の著書を戴きました。戦後間もなく旧満州よりシベリアに60万人が強制抑留され、亡くなった方は6万人以上に及んだとのことです。私の叔父も数年抑留されましたが、運よく帰国出来ました。生きていれば98歳になっています。
 帰国した時には日本も社会・経済的に混乱状態にあり、ゆっくりしている暇はなく、すぐに働かなくてはならず、苦しかったことは断片的に少し聞いただけでした。この本の中で体験を語った方々は、抑留時比較的若く、私と1O歳位しか違いません。その過酷な体験に驚くと共に、中村氏が抑留された二人の80歳を越えた方に同行してシベリアを訪ね、詳しく調査されたことに頭が下がりました。
 私は今までシベリア抑留に関して、整理された資料や現地での調査報告などを見たこともなく、また関心がなかったことを恥ずかしく思いました。ソ連が国際条約に違反して多数の日本人を抑留し使役した事に対し、著者は当時のソ連の社会・経済的賀県を考慮して、一定の理解を示しています。しかしソ連の大部分の人種は白人であり、東洋人を一段低い人種とみなして愚行を犯したのではないかと思います。アメリカの日本への原爆投下と同程度の性質でしょうか。現時点では、一般のロシア住民は友好的であるかも知れませんが、組織や国家レベルになると、かなり日本に対する意識も変化してしまうのではないかと心配しています。
 北海道の漁船襲撃事件や、サハリン油田開発から日本企業を締め出すなど、やはり完全に信用出来ないかと思います。
 終戦から60年を経て、シベリアで亡くなった方々の叫びを聞いて、私たちはこの事実を決して忘れないようにすべきと思います。南方で無駄に亡くなった方々ともども、靖国神社にも合祀されていません。戦争に責任があった人もほとんど亡くなりました。私は小学4年生当時、前橋市が空襲による火災で壊滅的被害を受けたのも記憶の彼方に消えそうです。
(院長)