聴診器  Stethoscope anotherHp.htm へのリンク return紹介    returnHP

 最近とても良い言葉に出会いました。
「良い医師は聴診器を通して病変だけでなく患者の心を聞いていた。
(多田登富雄著 「ビルマの鳥の木」より引用) 
 聴診器は200年近くの長い歴史を持つ診察器具です<a href="注1"></a>(
註1)。
 聴診器を使いこなすにはかなりの耳の訓練と経験が必要です。
私は母校の循環器内科で今は亡き恩師から事細かく厳しく聴診器の使い方の手ほどきを
受け、医学書に書いてない方法も教わりました。
 患者さんの診察では心雑音の聴診に細心の注意を払いました。
聴診所見は胸部レントゲン写真、心電図や心音図などと同じく診断の重要な情報源でした。
診断の難しい場合は入院して戴き心血管造影(
註2)など種々の検査を行いました。
 最近、心臓病の診断に多くの医療機器が用いられていますが、その中にあっても聴診器は
心臓血管病や呼吸器疾患の診断と経過観察には重要な診察器具の一つです。

 医学部在学中専門3年の夏休みに代々木にあった米軍病院へエクスターン(医学実習)に
行きました。
この時(1963年)既にこの野戦病院ですら心血管造影が行われていてそれに使うカテーテルを
初めて見せてもらいました。
2年後に入局した内科でもすぐに心血管造影が始まり、私はこれにもたずさわりその以後種々の
カテーテルを使いました。

 余談になりますが、私が医師を志したきっかけは中学1年のある日、講堂で行われた映画
鑑賞会で野口英世の物語を見たことです。
 貧しく手の不自由な同年代の子供が立派な医学者になっていくことに感銘を受けました。
その時から私は医学者になりたいと心に決めました。
 医学部入学しインターン修了後、内科学の大学院に入り臨床の勉強と心臓血管病の
研究に従事しました。
 大学院卒業後、1972年、超音波心臓検査法の研究を始めました。
 この頃はこの検査はまだ黎明期で文献を捜しながらの手探り状態でした。
 それ以来、超音波による心臓検査をライフワークの一つにしてきました。
 開業した今でも超音波検査を続けています。
 今振り返ると他愛もないことから一生が決まってしまいました。

 私は診察時、血圧を計る時や聴診器を当てている時に、患者さんに直接触れて患者さんの
皮膚の具合や心臓の音や顔つきなどから患者さんの身体の状態、またその時の何気ない
会話などから患者さんの精神状態などを監査して患者さんとの間に信頼関係が増すようにと
考えています。 
 診察の経過を患者さんに知ってもらうこともまた患者さんと信頼関係を増す上で大切です。
いわゆる診療内容の開示・公開です。
 今私は電子カルテによる医療情報の開示・公開をしています。
 昨今、医療事故が大きく報道され世間の医療不信が高まっています。
 原因として医療側が医療の自主管理、情報公開、EBM(
註3),医療の質などについて
充分な対策と改善をしてこなかったからだと言われています。

 理由として
医師の教育、医師間の相互批判と反省や情報開示・公開への医師の抵抗など医師の努力不足
 によるもの。

2.社会主義的医療制度では競争原理が働かず良い医療、良い医師が報われないなど制度上の問題に
 よるもの

3.病歴管理の軽視、IT整備の遅れ、臨床研究の遅れ、医療評価データの不足、品質管理の不備や
 非効率的医療など  診療支援システムの機能不全によるもの。


 1は医療側が反省しなければなりません。
 3は行政側にも責任があります。
最近1と3には改善の努力が払われています。
 2は大きな問題です。
 社会主義を更に強化して増税や保険診療の規制を強めるか、或いは自由主義を取り入れるかのどちらか
でしょう。
 自由競争は医療の質を高めますがこれを機能させるためには公的保険だけでは限界があります。
医療の種類と質に公的医療保険外の上乗せが必要です。

 1〜3の中で品質管理、情報開示・公開、病歴管理、臨床研究、医療評価や医療効率
の改善などを行うにはコンピューターで機能する電子カルテがひとつの有用な手段となり得ます。
 コンピューターは医療の質を更に高める力はありませんが全体をレベルアップする力はあります。
例えば経験の浅い医師はコンピューターから情報を得て自分自身の医療の質を高めることが
出来、医療の質のバラツキを小さく出来ます。
これは品質管理の第一歩です。
 もっと基本的な品質管理、例えば情報伝達の精度管理については、医薬品の配合禁忌
や投与量などのチェックはすでに実証済みで指示書を手書きからワープロ指示に変えただけで
ミスが三分の一になったという報告があります。
 品質管理を行うにはデータが必要不可欠です。データを使うにはコンピューターを使わざるを
得ません。
それ故コンピューターで機能する電子カルテが医療の品質管理の基盤と言えます。
 品質管理は実際に医療を行う医療者自らが管理することが重要です。
保険者や行政に管理をまかせられません。
ここは医療者が医療の専門家として死守すべき一線です。
ですから電子カルテの開発は医療者がするべきです。

今私が使っている電子カルテソフトは電子レセコン機能、診療支援システム機能をも持っており、
大阪で開業している医師が開発しものです。
正にこの電子カルテは前述の条件に合致しています。 
 日本医師会・日医総研が電子レセコンORCA(
註4)の開発に着手しましたのも一つにはこの
理念に基ずいていると聞いています。
 最近,医療の世界だけでなく電子カルテという言葉を聞く機会が多くなりました。
この背景にはパソコンの普及によって医療者のコンピューターについての基礎知識が増え、
コンピューターの機能が目覚しく進歩したなどの技術的側面と国民の医療情報開示・公開
要求への対応や医療費抑制などに電子カルテが役立つのではないか考えられている社会的
側面があります。

 カルテは医療関係者の情報伝達手段だけでなくましてや医師のメモ帳的存在などではあり
ません。
患者さん個人に対しても保険者に対してもその施された医療の内容を説明するための資料です。
最近、診療内容と医療費の公正さを明確に説明する情報を社会に提供する責任が医療側に
求められてきています。
こんな重要なカルテを管理するには電子カルテは有利です。

 電子カルテには手書きのカルテをスキャナーから取り込んでファイリングするだけのもの、カルテの
所見等の書込みを手書きからワープロに換えただけのものと、所見等のデータをコンピュター
入力し更に診療支援システムなどに連動するものまで様々なものがあります。
ここでいう電子カルテは勿論コンピューターを使ったものです。
 電子カルテには紙カルテで出来ない多くの利点があります。

1. 記録様式の標準化。
表現が紙カルテでは英語、ドイツ語、日本語、符丁などが混在しまた医師個人の筆跡にくせ
があり記入者にしか読めないことが多い上に標準化された医学用語、検査名、病名を用いた
記録様式で書かれているとは限りません。
電子カルテなら誰でも読み取れ、規格にあった記録様式で記入出来ますのでカルテの記載
が標準化されます。
また現在医療情報交換のための画像伝送の規格化が進んでいます。

2.情報の利用が容易。紙カルテではデータの複製、統合、抽出、検索、加工に膨大な
労力が必要ですが電子カルテでは容易に出来ます。
また紙カルテでは文字の他スケッチしか扱えませんが電子カルテでは文字の他静止画、動画等
多様の情報を扱えます。
医学教科書や医薬品集等の資料集と連動でき即座に疑問点を参照できます。
データをグラフ等に加工変換出来今まで分からなかったことが明らかにする事が出来ます。
セキュリテイの問題がありますがLAN(
註5)上のどこからも複数の医師が同じカルテを見ること
が出来ます。
イントラネットやインターネットにアクセスし必要な情報を取り込めます。

3.物理的に有利。
紙カルテは年々増え続けて保管庫からのカルテの取り出しが困難になります。
複写が出来ないので火災等の災害に弱いです。電子カルテではカルテの増加はハードデイスク
の増設で対応でき、保管庫も小さくてすみます。
バックアップも簡単に出来ます。CD等のメデイアにコピーしておけばいざという時簡単に持ち
出せます。ただ電子カルテは停電に弱いです。しかしこれはUPS(無停電電源装置)を備えて
いれば回避出来ます。

 以上電子カルテの利点を述べました。
医療情報の開示・公開は私のような小さな開業医の方が小回りが利くので素早く対応
出来ます。
 ささやかではありますが診療情報の開示・公開を目指して私が今行っている電子カルテを
利用しての診療の現状を書きます。
 患者さんにキーボードで打ち込んだ診療記事の内容をモニターで見てもらいながら診察して
います。
私がドイツ語や英語に更に癖字の日本語を織り交ぜて書いたカルテは患者さんにはまず読
めません。
また読めても医師以外の人には意味が分かりません。病歴や症状などをキーボードから打ち
込みますと患者さんはモニターを真剣に見ております。
内容が良く読め意味が分かるからです。
 患者さんへ診療データを閲覧する時実物を保管庫より探し出す職員の時間と手間が省け
ますので、その分を職員は患者さんへの応対に使えます。
レントゲン写真等の診断は本物を見てしていますが、将来コンピューターの性能がもう少し良
くなりモニター画像が本物と同等になればモニターで診断可能と考えています。
モニターでは画像の拡大表示が出来また過去と現在の画像を同時に表示出来ますので
病変の変化の説明に威力を発揮します。

 レントゲン写真、心電図、エコー写真(
註6)、内視鏡写真などの画像や血液検査データなど
を電子カルテと連動して簡単にモニターに表示できます。
患者さんと一緒にそれを見ながら病状や治療方法の説明や生活指導のアドバイスなどをして
います。
また例えば心臓の精密検査が必要で入院を要する患者さんには心血管造影の動画を
モニターで見てもらい心臓の検査方法を具体的に説明しています。
これで患者さんの検査に対する不安感を取り除くことが出来ます。

 データをグラフ表示して見せますと病気の変化の状態、即ち良くなったか悪くなったかが
一目瞭然に分かります。
患者さんには耳と眼の両方から情報が入りますので強い印象を与えます。
以前は当院自家製のデータ用メモ帳に検査データの数字を書き込んで説明していましたが
数字の羅列は病状の変化を知ってもらうのにはいま一つ力不足でした。
グラフ表示したデータをプリントして渡しますと患者さんは真剣に見ております。
結果が良いと喜び悪いと反省しています。
これだけでも私は電子カルテ使って良かったなと思っています。

 診察中キーボード入力に時間を取られ注意がそちらに向いて診察がおろそかになる恐れは
ないか、患者さんの顔を見ていないのではないかと思われるでしょうが、カルテをきちんと書こうと
すれば紙カルテでも時間はかかりますし、下を向い書いているので患者さんの顔は見られません。
キーを叩いている時は顔を上げていますので下を向いて書いているよりは良いのではと思って
います。
 時々患者さんに電子カルテについての印象をお聞きしますと皆さんが分かり易くて良いと言って
くれます。
 その他、電子カルテは(株)じほうの連動型写真付薬剤情報印刷システムと連動しており、
カラー印刷のきれいな分かりやすい薬剤情報提供書(
註7)が印刷出来、服薬指導に役立って
おります。
このソフトは日本医薬品集とも連動しており常に新しい情報を提供出来ます。
更に診察中でも薬剤の検索や参照が出来その効能や副作用などの注意点をチェック
出来ます。

 診療支援システムを使うと各種データの検索、抽出、加工、印刷などができ重宝しています。
 このように電子カルテでの診療情報の開示・公開だけで患者さんの信頼が得られるとは私は
考えていませんが今までに比べれば少しはましかなと自負しております。
 電子カルテでは診療記録や検査データ等をMOやCDRなどのメデイアに複写出来ます。
セキュリテーの問題ありますがメールでも送れます。
 今年(2001年)6月東京在住で東大病院通院中の方が前橋に来られた時当院を受診し
ました。
帰る時胸部写真や血液検査データを紹介状と一緒にFDに複写して持たせました。
又、転院する患者さんなどには診療録や画像や血液検査データ等をメデイアに入れて差し
上げることも可能です。
更に、患者さんが希望すれば患者さん自身の診療記録、画像データや血液検査データを
メデイアに複写したもの、即ち、患者さん自身のカルテを作って差し上げることが出来ます。
 電子カルテは医療施設間でカルテや画像などが自由にやり取りでき、患者さんの全病歴が
参照出来ますので、不必要な医療は減少します。
また医療機関相互のカルテ公開は医療の質を高めると期待されています。
プライバシー保護の上で倫理的な問題がありますが、セキュリテイ保護の技術も進歩しており、
患者さんの合意が得られれば電子カルテは医療施設間で情報交換の役割を果たすことが
出来ると期待されています。

 私の使っている電子レセコン・電子カルテシステムはDynamicsといい大阪の開業医の先生
の著作です。
 尚、電子レセコン・電子カルテシステムDynamics導入記を私のHPに載せてあります。 
URL;http://med.wind.ne.jp/setaclin/
 以上聴診器の話から電子カルテによる医療情報の開示・開示についての試みを書きました。
専門用語は出来るだけ註を付けたつもりですが分かりずらいところありましたら、又事実関係
に誤りありましたらご容赦下さい。
                            
註1<h3 id="">注1</h3>:聴診器 英:sthethoscope steth(o)-胸部の意。
独:Stethoskop 又はHorchrohr 音響管。
 フランス人内科医Laennec(1781-1826)により1816年考案された。
初期は管状単耳型。名著「間接聴診法」あり。
肺疾患、肝疾患の研究が専門。
註2:心血管造影(CAG Cardioangiography)カテーテルを心室や冠動脈に
選択的に入れて造影剤を注入し心室や冠動脈のレントゲン像を経時的に観察する検査法。
註3:EBM(Evidence based medicine) あやふやな経験や直感に頼らず、科学
的evidence(証拠)に基づいて最適な医療、治療を選択し、実践するための方法論。
患者の診断、予後、治療などに関するデータを、疫学的、生物統計学的手法で解析し、
個々の患者に最も適切な臨床的判断を下す方法論、学問である臨床疫学を臨床問題
解決のために再構築した概念がEBM。
註4:ORCA(Online Receipt Computer Advantage;進化型オンラインレセプト
コンピューターシステム)。
日本医師会が作成したネットワークを使ったレセコンソフトで無料配布される。
本試験運用についての実施要項がホームページ上に掲載されている。
また、ORCAで使用するソフトウェアやデータベースに関する技術や、レセコンからのデータ移行、
地方公費対応の患者負担金の計算、画面作成などの仕様書も公開している。
これらは、ORCA関連のソフト開発に欠かすことができない内容。
註5:LAN Local Area Network 同一の建物内で数台〜数百台程度の
コンピューターやプリンターなどを接続する小規模なコンピューターネットワークで企業内
ネットワーク、構内ネットワークともいう。
註6:超音波診断装置による心臓や腹部などの断層画像。
註7:薬の服用方法の説明や薬の効能や副作用等の注意を分かり易く印刷したもの。

参考文献
電子カルテが医療を変える 里村洋一 編
電子カルテ 鈴木 隆弘,高林克日己 著
戻る
return紹介    returnHP